[インタビュー]
東洋大学-大人の島留学:福田眞子さん

現役大学生でありながら島根県海士町で大人の島留学中の福田眞子さん。

コロナ禍において大学の講義をオンラインで受けつつ、魅力いっぱいの離島で日々様々な体験をしている彼女に今回はお話を伺いました。

聞き手:子グマ

離島が好きになったきっかけ

-そもそもなぜ離島に興味を持ったのか教えて下さい。

福田眞子さん(以下、福田):私が離島に興味を持ったきっかけは、大学1年の夏に宝島とラオスに行ったのがきっかけです。
大学に入り、最初の夏休みが近づいてくる頃、せっかく長いのだから何かをやりたいと漠然と思っていました。そこでなんとなく興味のあった農業体験をネットで調べていた時に、「ECOFF」という村おこしのNPOを見つけました。
もともと離島に興味があったわけではないので、離島だからそのボランティアに参加したという訳ではないのですが、サイトを見ていたら楽しそうだったのと、8泊9日という期間が初めてのボランティアとしては長過ぎず短過ぎずちょうどいいと感じたので、「宝島」に行くことにしました。それが私にとって初めての離島です。

-宝島。実際にそんな名前の島が存在するのですね。

福田:はい。鹿児島県のトカラ列島にある島です。トカラ列島は種子島と奄美大島の間に7つの有人島が連なっていて、宝島はその最南端の島です。人口が130人ほどで、島の一周道路は1時間半あれば歩いてまわれてしまうほどの小さな小さな離島です。
アクセスは週2便のフェリーのみで、鹿児島から乗ると13時間もかかります。ちなみに、私が宝島に行こうとした時にちょうど台風で週2便のうちの1便が欠航になってしまったので、鹿児島に急遽3日間滞在することになりました。離島の不便さを突きつけられた気がします。
アクセスだけでなく、島に一つの売店が朝の1時間と夕方の2時間しか開いていないということも島に着いて初めて知り、もはや今までの私の便利・不便のスケールが通用しないことが分かりました。

-初めて行った離島が、かなりインパクトのある離島ですね。先ほど離島へ興味を持つきっかけは宝島とラオスとおっしゃいましたが、ラオスはどのように関係してくるのでしょうか?

福田:宝島でのボランティアの後に、すぐに大学のプログラムでラオスに行きました。首都のビエンチャンに行き、現地の学生とともにエコツーリズムについて学びました。そして農村でホームステイをし、ラオス語と日本語の全く言葉が通じないという環境を体験しました。
それが初めての東南アジアということもあり、生活の違いや雰囲気に、俗に言うカルチャーショックを受けました。でもそれは、違う国だからそう感じるのも当たり前だなと思ったのですが、つい数週間前までいた宝島は、同じ日本なのにこんなにも違うんだという衝撃が強くて、そこから離島への興味がさらに湧いてきました。

-初めての東南アジアよりも、日本の離島の衝撃の方が大きかったのですね。ラオスへ行った後は、どんなことをされていたのでしょうか?

福田:国内のいろんな離島に行きました。旅行はもちろん、波照間島の民宿で住み込みでお手伝いをしたり、「島おこし実践塾」というプログラムに参加するために対馬に行ったり、大学の奄美研修で喜界島に行って集落の調査を行ったりと、様々な離島に関わりました。
大学の長期休みを利用し、長くて数週間離島に滞在していましたが、もっと現地に入って島の生活を知りたいと思い、今度はボランティアではなくインターンとして1ヶ月間宝島に行くことにしました。

大学のない離島での大学生活

-2度目の宝島ですね。インターンとしてどんなことをされたのでしょうか?

福田:基本的にはボランティアさんの受け入れのサポートと、農作業のお手伝いなどをしていました。島らっきょうや島ばなな、パッションフルーツの生産に関わりました。作業ももちろん楽しかったけれど、3週間ほどの間に合計12人の学生と出会い、一緒に生活をし、それぞれの大学生活や夢、想いなどを話したのが、とても印象に残っています。
インターンが終わる4月の頭頃にはコロナの感染が拡大していて、大学がオンラインで行われることになりました。そのため、島での生活が心地よかったのもあり、状況が落ち着くまで島に残ろうと思い、滞在期間を伸ばしていたら、5ヶ月もの間宝島で生活をしていました。毎日農作業をしながら、授業があればオンラインで授業を受け、空いた時間に島の自然を満喫したり、島の人と関わったりしていました。

-5ヶ月…長いですね。大学生活に支障はなかったのでしょうか?

福田:基本全ての授業がオンラインだったので、出席に関しては特に問題はなかったです。でもたまに、大雨や雷でインターネットが使えなくなる時があって、そんな時は少し焦りました。宝島には学校は中学までしかないので、子供たちは中学を卒業すると基本的に島を離れます。なので、あの時島にいる大学生は私しかいませんでした。2限の授業を受けて、お昼ご飯を食べた後、畑に行って農作業をして、時間になったら帰ってきて4限の授業を受ける、みたいな日を過ごすこともありました。
もともと大学に通っていた頃は、そういった授業と授業の間の空きコマはどうやって時間を潰すかしか考えていなかったけれど、空きコマに農作業をしたり海を見に行ったりできるような生活は、忙しいというよりも素敵な時間の使い方でした。家と大学とバイト先を行き来するだけの元の生活に比べて、1日の充実感が圧倒的に違いました。

-授業がオンラインになることで、そんな生活も可能になるのですね。インターンが終わってからはどう過ごされていたのですか?

福田:8月の中旬に実家に戻ったあと、島での生活と一変して何もない日々を過ごしていました。動きたくても動けない、うずうずした日々を過ごしていた時に、以前イベントで知り合った方のFacebookで「大人の島留学」というものを知り、「これは!」と思いすぐに応募し、今は島根県の離島、海士町で生活しています。

-では今も離島にいらっしゃるのですね。その「大人の島留学」というのはどんな制度なのでしょうか?

福田:大人の島留学とは、若者向けの体験移住制度で、内容自体は有給インターンとイメージが近いかもしれません。この島には「隠岐島前高校」という全国から高校生が集まる高校があるのですが、せっかく海士町に関わった生徒も、大学がないために高校卒業と同時にこの島を離れてしまいます。そして、また戻ってきたいと思っても、就職や移住のハードルがとても高くなってしまうのです。
そこで、卒業生も含めた若者が島に帰ってくるきっかけのひとつとして利用するのが「大人の島留学」です。私は島前高校の卒業生ではありませんが、同じシェアハウスに住む他の4人はみんな同高校のOGです。それぞれオンラインで授業を受けながらインターンの仕事をしています。

離島で過ごすことの意味

-それだけ離島で過ごしていると、何か変化などあるのではないですか?

福田:宝島で生活していた時もそうだし、海士町でも普段と変わらずオンラインで大学の授業を受けています。私は大学のゼミ論で、離島をテーマに書いているのですが、離島で生活しているからこそ分かった視点などがあって、これらは大学では到底学べなかったことだと思うと同時に、大学に通うことが全てではないのだなと実感しました。
あと、東京で大学生活を送っていた時よりも、圧倒的に大人の方と関わる機会が多くなりました。話をする中で得られる知識や情報がとても増えたように感じます。就活を意識してインターンへ参加していたわけではないけれど、離島で学ぶことは非常に多いです。

-そういえば、現在3年生ということなら就活の時期ですよね。離島にいても就活は特に問題ないのでしょうか?

福田:正直、まだきちんと就活を始めていません。そう言うと、よく周りから「大丈夫?」「もう遅くない?」と言われます。しかし、本当にそうなのかな、と内心思っています。東京で大学に通っていた頃は、「新卒」というものにものすごい価値を感じていたし、就活は早い段階から始めよう、とも思っていました。しかし今はあまりそう感じません。というのも、いま私の働いている環境では、新卒かどうかなんて関係ないように思えるし、その人の熱量がどれくらいあるかが重要な気がします。
やりたいことはやりたいし、やりたくないことはやりたくない。好きなことは続けたいし、嫌いなことは辞めたい。でもそもそもその判断基準って、これまでの人生で得たほんの少しの経験によって作られたに過ぎないのではないでしょうか。だから、その就活の一年で見つける自分のやりたいことや仕事って、本当にそうなのかな、と疑問に思います。

-周りもそういう人が多いですか?焦りとかは感じないのでしょうか?

福田:いま島で一緒に暮らしている仲間たちは、割と近い考え方な気がします。ここ1年で初めてやることがとても多く、農業、漁業、林業などの1次産業や、ちょっとした工事などの体を動かす仕事から、納税の事務やホテルの手伝い、パンフレットの作成やウェブの記事の作成など、本当に様々なことを体験させていただいています。
そんな中で、自分の好きなことや得意なこと、逆に苦手なことがどんどん見えてきています。だからこそ、自分がまだ就活をしていない焦りよりも、何も知らないのに仕事や業界を決めてしまうことの方が不安に思ってしまいます。

-若いうちから自分を理解しようと努力していて素晴らしいですね。最後に一言お願いします。

福田:今までいろんな離島に行く中で、多様な地域との関わり方を知ることができました。離島に限らず、全国で人口減少が進み、少子高齢化や過疎化が進行している地域が増えている中で、若者が地域に関わっていくというのは大切ではないかなと思います。
今後、オンラインがどれほど浸透するかは分かりませんが、私自身オンラインを利用して大学に通いながら1年間のほとんどを離島で過ごしてきました。こうやって地域との関わり方がどんどん多様化していき、さらに大学生の在り方がもっと自由になったらいいなと思っています。

プロフィール

福田眞子(ふくだまこ)

1999年生まれ。千葉県出身。
東洋大学社会学部在学(現在3年)

離島に興味があり、旅行や研修などで国内の離島に足を運んでいる。2020年10月から2021年3月までは島根県・海士町で大人の島留学中。

島での交流、楽しくて仕方がないんです【わたし、島で働く。】|note 大人の島留学 編集部

東京の大学の福田さん|海士町複業協同組合