[インタビュー]
地域おこし協力隊OB:世古乃佑さん

今回のインタビューでは、地方創生の最前線で精力的に活動している地域おこし協力隊にスポットをあて、東京出身ながら下呂市馬瀬地域へ移住された世古乃佑さんをお迎えしております。
聞き手:子グマ

自分が心から望む生き方をしたい

–最近よく耳にしますが、”ちいきおこしきょうりょくたい”ってなんですか。

世古乃佑さん(以下、世古): 名前はなんとなく聞いたことがあっても制度の中身まで知っている人はほとんどいないですよね。地域おこし協力隊の制度が始まったのは2009年。なんと安倍政権が「地方創生」を掲げる前からあったんですよね。この10年で隊員数はずっと増加していて、現在は全国で5000人以上もの隊員が活動しています。隊員としての任期は3年で、任期後はそれぞれ起業するなり就職するなり、地元へ帰るなり様々です。隊員期間中の活動内容・ミッションも千差万別で、農業や漁業、林業それに観光業だったり、細かく言えば地域産品の開発や移住・定住促進事業だったりと本当に色んなものがあります。だから僕もどこに応募するか迷ったことを今でも覚えています。

–知らなかったです。なぜ世古さんは地域おこしに興味を持ったのですか。

世古: 協力隊の前は東京のITコンサル企業で会社員として働いていました。でもある時「会社員生活を40年続ける」ことに嫌気が差したんですよね。どんな職種、どんな企業で働いていたとしても会社員としての生活は何ら変わりないこと、これが本当に自分にとって幸せなんだろうかという疑問を持ち始めて別の生き方、世界もあるんじゃないかと模索しようと考えたのがキッカケでした。その中でも学生時代に見た『ナポレオンの村』というテレビドラマが印象に強く残っていて、あんなことできたらいいなあという憧れがありました。そのドラマはスーパー公務員が過疎化地域を様々な戦略で生まれ変わらせる、痛快なサクセスストーリーだったんです。そのドラマがキッカケで地方創生や地域活性化には興味を持っていました。元々「人の役に立ちたい」という強い気持ちもありましたから、自分には向いているかもしれないとは思っていました。さらに、中高大と同じように進学校におり、銀行員にもなった友人が地域おこし協力隊として活動しているのを知って、それなら自分もと背中を押されたように地域おこし協力隊に応募していましたね。

–人の役に立ちたい!いいですねー。ドラマがきっかけ!いいですねー。とはいえ移住と転職を同時ってハードル高いですよね。高校生が大学のために地方から花の都・東京に行く心情に近いものがあると思いますが。不安とかはなかったんですか。

世古:もちろんありましたよ。でもそれよりも冒険心や好奇心のほうが強く、とにかく自分の気の向くままにという思いで突っ走ってました。おそらくそれは家庭環境によるものが大きくて…うちの両親は小さい頃から「自分のやりたいように生きなさい、でも全て責任は自分で取ること」という自由放任・自己責任の教育方針で、その影響で僕も二人の兄弟も育てられていきました。それで兄弟が何をしているかと言うと、旅人と俳優なんです。旅人と俳優ですよ?銀行員と営業とかじゃなくって。笑っちゃいますよね。だから僕も「地域おこし協力隊や移住、転職くらい屁でもない」程度に思っていました。

–なるほど、素晴らしい環境ですね。「自由」と「責任」は表裏一体。兄弟が旅人と俳優、いいですねー。世古さんはその間ぐらいですかね。
いやー決めましたよ。次回はね、幼少期なども深掘りしていきますね。今回の話題とは逸れてしまうのでそれはまたの機会にしましょう…

世古:ははは。本当面白いですよね。僕も外国人ツアーガイドのときにはよく家族の話をしています。これ外国人ウケもものすごく良くって。でも皆さん驚きとともに、「良い家族だね」と言ってくれるのでこちらとしても話甲斐があります。

地域おこし協力隊が取り組むインバウンド

–話は少し逸れましたが、多くの協力隊の候補地の中から、なぜ馬瀬という地を選んだのですか。

世古:正直下呂の方、馬瀬の方の前では言いづらいのですが、理由は活動内容がインバウンドだったからです。馬瀬の人に聞かれてもいつもこう答えてますけどね、嘘つきたくないので。特にスキルや経験も何もない僕に見知らぬ土地で地域おこすのなんてさすがに無理あるじゃないですか。だから僕でも頑張ればなんとかなりそうなものを、と思ってインバウンドが目に入ったんです。インバウンドは外国人旅行者に関するサービスを包括していて、メディアだったり交通関係だったり、宿泊、体験全てを含んでいます。

元々海外の人とコミュニケーションを取るのは好きだったし、頑張ってみたいと思えたのでインバウンドをキーワードに地域おこし協力隊の募集を探したんです。そしたら4〜5件ヒットした中に馬瀬があったんです。その中でも馬瀬を選んだ理由としては、まず担当者の対応がずば抜けて良かったこと。あとは地域の特性上、メインの観光地である高山や下呂などから比較的アクセスしやすく、観光の将来性があるかもしれないと思えたからです。

–インバウンド!観光やってない人も知ってるくらいこの言葉は流行りましたよね。具体的な取組を聞かせてください。

世古:最初は地域を知ることからはじめました。北から南まで練り歩いていました。20kmくらいでしょうか。それで地域住民に対して英語教室を開いたり、各観光施設にアンケートを設置したり…でもそれだけじゃ何も変わらないということに気づき、そんな時たまたま馬瀬でインバウンド体験事業を新規事業としてつくる動きが生まれ、僕がそのプロジェクトリーダーとして活動することになりました。そのプロジェクトは 飛騨古川の合同会社HIDAIIYOとの連携によるもので、新規事業立案のための戦略策定からツアー商品の造成、モニターツアーの催行など幅広い面でサポートして頂きました。

協力隊の最初の2年間はそのプロジェクトでの活動にほとんどの時間を費やし、最後の1年は実際に海外からのゲストを受け入れてツアーを行っていました。それらの成果としてトリップアドバイザーのトラベラーズチョイスアワードにて全国トップ10に選出されたり、英国紙や香港雑誌など海外のメディアにも多く取り上げられるまでに至りました。

–なんと!あのトリップアドバイザーの全国トップ10とは。ガイドとしてですよね?他にどんなコンテンツがトップ10に入っているか気になります。

世古:ありがとうございます。他にはホテル部門やレストラン部門もあります。それにアジア・ヨーロッパといった大陸ごとのベスト10なんかもあるんですよ。いやあでも本当に3年間あっという間に過ぎていきましたね。東京で会社員として働いていた時間よりも馬瀬でインバウンド事業に取り組んでいる時間の方がはるかに多くなってしまいました。

トリップアドバイザートラベラーズチョイスアワード 体験ツアートップ10:日本

自分らしく楽しく生きていく

–任期後の予定は決まってるんですか。

世古:任期前と任期後で少し今後の方針が変わってしまったのですが、大きなところは変わっていません。少なくともまず、馬瀬に残っていますし、今後もそのつもりです。変わったことは、任期前はツアー事業一本で食っていく予定でしたが、ご存じの通り、コロナウイルスの影響で日本全体の観光、特にインバウンドが完全にストップしてしまいました。ですので、ツアー事業が現状立ち行かなくなり、また別の仕事をしなくてはならないというのが現状です。すでに手は打っているのですが、インバウンドが回復するまでは地元企業などへの就職なども視野に入れて今は生活しています。ただ、地域おこし協力隊になる前から思っていたように、従来のような決まりきった生き方はしないということを腹に決めています。どういうことかと言うと、会社員として生きることはすでに捨てたように、色んな仕事や生活を経験しながら楽しく生きていけばよい、ということです。会社や役職、住む場所に囚われず、柔軟性のある生活を今後も心がけていきたいと思っています。副業や複業もしくは仕事そのものから離れた生活も面白いかと思います。そのためインバウンドが軸にはなると今は思っていても数年後は変わってしまっているかもしれません。ただそれだけ、どこでも働ける、暮らせるようなフレキシブルな人間を目指していこうと考えています。

–たくましいですね!何が起こるか分からないこれからの時代にヒントがたくさん詰まっていそうですね。本日は地域おこし協力隊に関して実りあるお話どうもありがとうございました。
最後に読者の皆様へメッセージをお願いします。

世古:こちらこそありがとうございます。自分を見つめ直す良い機会になりました。皆さんも自分を信じて、自分が本当に成し遂げたいこと、理想の生き方を模索し続け、楽しく人生を謳歌していって下さい。

世古乃佑さんプロフィール

UMESEKO TOUR 代表
1993年東京都生まれ
青山学院大学国際政治経済学部卒業

大学卒業後、東京のITコンサルティング企業に就職。2017年に地域おこし協力隊として下呂市馬瀬へ移住。同地域にて、インバウンド体験ツアーの事業化に成功し、英国メディア掲載やトリップアドバイザー・トラベラーズチョイスアワードの受賞経験などの実績がある。現在はガイド業の傍ら、地元事業者を中心にHP作成などウェブ関連のサポートも手掛けている。